My Chemical Romance – Helena 歌詞分析してみた。

おやすみなさい

この言葉は家族との日常生活で毎晩使われる挨拶であると同時に、亡くなった人にかける別れの挨拶でもある。

葬儀のなかで死者への弔いとお別れをきちんと果たせれば良いのだろうけれど、心が追いつかずにタイミングを逃してしまうような感覚を抱く人は自分以外にも少なくないのではないかと思う。

今回分析する楽曲の作者は大切な祖母を亡くしており、最期に立ち会えなかった後悔を元に曲を書いたという。言い逃した挨拶を言えるようになったタイミング、すなわち本当の別れを受け入れた瞬間を描いたものとして解釈している。

大切なあなたの最期に立ち会えなかった後悔がある。
あなたが離れていくことに心が引き裂かれるけれど
僕はあなたを追いかけない方がいいのだろう。
今度こそちゃんと、お別れを言うために。

ぜひ最後までお付き合い下さい。

アーティスト・曲紹介

My Chemical Romance はアメリカ(ニュージャージー州)出身のロックバンドです。フロントマンのジェラルド・ウェイはもともとアニメーターの仕事をしていましたが、9.11テロを直接目の当たりにしたことをきっかけに音楽で生きることを選んだそうです。バンドは2001年から活動し2013年に解散しましたが、2019年に再結成し活動を再開しています。ジャンルはオルタナティブロック、スクリーモ、ゴシックロックなどに該当します。エモに分類されることもありますが(実際スクリーモはエモの派生ジャンルではありますが)、本人たちがエモではないと明確に否定しています。

今回分析する『Helena』は2004年にリリースされた彼らの2ndアルバム、「Three Cheers For Sweet Revenge」に収録されている曲です。

歌詞の対訳

Verse 1

Long ago
Just like the Hearse you die to get in again
We are so far from you


Burning on
Just like the match you strike to incinerate
The lives of everyone you know

0:00~0:30
ずっと昔の あの霊柩車に
あなたはまた乗ろうとしているかのようだ
僕ら 遠く離れている

燃えていく
あなたが擦るマッチの火で
周りにいた皆を葬っていくかのように

Pre-Chorus 1

And what’s the worst you take
From every heart you break?
And like the blade you stain
Well, I’ve been holding on tonight

0:31~0:46
そうして何を得るっていうのさ
切り裂かれた皆の心から
僕は、刃にこびり付く血のように
今夜しがみついているんだよ

Chorus 1

What’s the worst that I can say?
Things are better if I stay
So long and goodnight
So long, not goodnight

0:47~1:02
どんな最低な言葉を言えばいいのかな
僕は留まった方が良いのかい
安らかに、おやすみなさい
あまりに長く、つらい夜だよ

Verse 2

Came a time
When every star fall
Brought you to tears again
We are the very hurt you sold

1:03~1:18
時がきたら
星が降るたびにあなたは涙を流して
僕たちの存在は苦痛でしかなく
あなたに突き放された

Pre-Chorus 2

And what’s the worst you take
From every heart you break?
And like a blade you’ll stain
Well, I’ve been holding on tonight

1:19~1:34
そうして何を得るっていうのさ
切り裂かれた皆の心から
僕は、刃にこびり付く血のように
今夜も耐え続けているんだよ

Chorus 2

What’s the worst that I can say?
Things are better if I stay
So long and goodnight
So long, not goodnight

Well, if you carry on this way
Things are better if I stay
So long and goodnight
So long, not goodnight

1:35~2:06
最低な言葉を言ってしまいたいよ
僕は留まった方が良いのかい
安らかに、おやすみなさい
あまりに長い、つらい夜だよ

あぁ、あなたがこのまま逝くのなら
僕は追わない方が良いのかい
安らかに、おやすみなさい
あまりに長い、つらい夜だよ

Bridge

Can you hear me?
Are you near me?
Can we pretend to leave and then
We’ll meet again
When both our cars collide

2:07~2:38
僕の声が聴こえているの?
僕の傍にいてくれているの?
僕ら「別れのフリ」だけできない?
そしてまた会おうよ
お互いの車を衝突させてさ

Chorus 3

What’s the worst that I can say?
Things are better if I stay
So long and goodnight
So long and goodnight

And if you carry on this way
Things are better if I stay
So long and goodnight
So long and goodnight

2:39~3:15
最低な言葉を言ってしまいたいよ
でも僕は留まった方が良いのかい
おやすみなさい、安らかに
しばらくの間、さようなら

あなたがこのまま逝くのなら
僕は追わない方が良いのかい
おやすみなさい、安らかに
しばらくの間、さようなら

歌詞分析

タイトル「Helena」について

ヘレナは、Vo. ジェラルド・ウェイおよび Ba. マイキー・ウェイの祖母、エレナの愛称である。とくにジェラルドはおばあちゃん子だったそうで、「彼女なしには今の自分は存在しない」との発言があるほどだった。

大切な祖母の死後、自分が彼女の人生の最期に傍にいてあげられなかったことへの後悔や自己嫌悪から生み出されたのがこの曲だとのことである。

Bridge における主人公の「聴こえているの?」「傍にいてくれているの?」というセリフは、最期にヘレナが感じていたであろう気持ちへの想像が、反映されたものなのだろう。

離れていることと、離れていくこと。

歌詞は「long ago」という時間的隔たりを意味する言葉で始まる。続く「再び霊柩車に乗るように」という表現では、死者が生者を置いてきぼりする、遠ざかっていくというベクトルが示される。

事実としてのヘレナの死や葬儀は既に過去のものであり、時間的に離れた出来事となっているわけだが、主人公は今再び(というより今になって初めて)ヘレナが自分から離れていくことを実感する。

休まらない夜、2つの「おやすみ」。

これ以上離れたくない、会いに行きたい(自殺したい)という衝動に毎晩駆られながら、主人公は「not goodnight」を耐えて過ごす。この時点の「goodnight」は一晩の意味である。

一方で曲の最後の「So long and goodnight」の繰り返しは、永遠のおやすみを意味している。別れを受け入れ、今度こそきちんとお別れを言えたのだとわかる。

理不尽に傷付けられている、という感覚

Verse1 後半の「ヘレナが皆を葬っていくかのように」という表現は、皆でヘレナを火葬したという現実を反転したような不思議な表現であるが、彼女の死が原因で周囲の皆が火に焼かれるように苦しんでいるという意味だろう。

ヘレナと親しかった人々は傷つき、悲しみながら、その後それぞれのペースで現実を受け入れ、立ち直っていく。主人公はまだそのプロセスの初期段階にいるようで、とくに別れの理不尽さに対する怒りの感情に傾いている。

怒りの強さと、その矛先のズレ

怒りの強さのあまり、亡くなったヘレナに対しても、皆をこんなに悲しませてなんて酷いことをするんだ、と責めるような言葉を選んでしてしまっているようだ。Pre-Chorus1「皆の心を切り裂いて何を得たっていうのさ?」などの表現もそうである。

攻撃性の矛先が大切なヘレナに向いてしまう点を切り口にして、次の考察に進む。

作詞プロセスの想像

ことわり

実際の死や別れは極めてプライベートなものなので、個々の経験や感じ方を下手くそなやり方で分析したり一般化したりはしたくない。自分の感性と一致していそうな部分だけに限定して、なぜその表現が選ばれたのかを考えてみる。

大切な人の死をすぐには受け入れられず、時間が経ってから別れを実感し向き合った経験を描くとき、次の点を考えるだろう。その人がどれだけ大切な存在だったのか、死を受け入れないとはどういう状態だったのか、別れはどのように実感されたのか、向き合った結果どう歩み出せたか。

自分の一部だった

ヘレナはジェラルドの一部だった。祖母なので遺伝子的に言えばジェラルドの4分の1はヘレナであると言ってもいいし、価値観や人格の形成という面でも、彼は彼女なしには存在しえなかった。

それを失うことは、他者を失うという以前に、自己が傷害される感覚をもたらしたのだろう。だから最初は被害者的な目線で捉えてしまっているように描いた。

ヘレナを亡くして初めて、自分を構成していた彼女の成分を認識できるようになった。逆にそれまではある意味未分化であったというか、彼女は文字通り他人ではない、自分と明確な境界を持たない連続した存在だったとも言える。

ヘレナの輪郭を捉えていく

そしてこれはジェラルドがヘレナと未分化だったと認識したことで可能になった手法だと思うが、歌詞の中で主人公がヘレナを自分の内側から切り離し、一人の大切な他者として外側に捉えるようになったと伺わせる展開を作っている。

最初は「ヘレナ≒自分」なので、Verse 1では「ヘレナの死」「皆が悲しんでいる」という事実を、「自分が死を選んだ」「皆を傷つけて悲しませる自分」という状況であるかのように同一化して描写する。

Pre-Chorus では「皆の心を刃で切り裂く」「なにかを取っていく」とまるで死神か何かを連想させる表現を用いて、霊的な存在として意識している側面も付加しながら、主人公の中にあるヘレナが切離されていくイメージを与える。

そして Verse 2 を経て、Bridge ではヘレナを等身大の他者として描写する。独立した他者としてヘレナを外側に捉えたことで、物理的な接触こそできなくとも、存在を感じられる、向かい合った対象になったように描く。

ちゃんとお別れを言えた

別れを受け入れられないまま、心からお別れの言葉を言うことはできない。Chorus 1,2 の最後に「goodnight」を「not goodnight」と言い直すことで、その葛藤を表現する。

だが Bridge でヘレナと向かい合うことができ、葛藤に折り合いが付けられた。彼女に向かって「自分も霊柩車に乗って追いかけたい」だなんて言うことは「最低な発言」だとわかったからだ。

ヘレナの死を受け入れ、自分はここに生きて留まることを決意した結果、二人の距離が開いていく。ここに本当の別れが成立したことで、Chorus 3 では心から「goodnight」を言うことができた。


ちょっと感想

先日、実際に僕の祖母が他界し、僕はこの曲を思い出して聴きました。以前と聴こえ方が変わったので思い切ってこの記事を書き始めました。身近な人の死をきっかけに他の人の死を分析しているのは何か間違っている気もしましたが、頭を使っていたほうが楽なので続行しました。このあと葬式を終えたり、時間が経った後に見返すために、自分のためにひとまず書き切りました。

以下自分用のメモ

  • テーマ:死、別れ、大切な人
  • アプローチ:距離、切り離し、耐え留まる
  • 拠点:未分化な状態、怒り、別れの対称性
  • 霊柩車、火葬、マッチ、刃物、傷

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